寺田隆弘といいます。
1967年生まれ
在米歴32年目になります。(2024年)

HSP カウンセラー
HSP 心理コーチ
認知マインドフルネス心理士
Crystal Healing Certification of Natural Healer™ certificate
Chakra Healing Certification of Natural Healer™ certificate
ここでは、あんまり関係ないですが、HACCPや米国の調理士ライセンスなど持ってます。
一般的な簡単な経歴
大学を卒業の後、渡米。ITマネージャーとしてネットワーク構築やヘルプデスクなどしていました。
ニュージャージー州のジャージーシティにいました。ある日、旅客機が貿易センタービルに突入。(同時多発テロ)
景気後退のため、新天地を求めミシガン州デトロイトにあるレストランのPOSなどの設定のため行きました。
気が付けば、寿司を握っていて、いつのまにか店舗の店長になっていました。
平和な日々も、と、、ある日、リーマンブラザーのおかげで、景気後退。デトロイトは最高失業率55%となり、店舗は閉鎖予定となりました。(リーマンショック)
その少しあと、絶望的な状況の店舗を何とか買取、従業員を一人も解雇せずに再生しました。(寿司の弁当を作って毎日配達していました。今でもみんなに感謝してます。)
数年後。いろいろな諸事情で、住み慣れたデトロイトを離れ、ニュージャージー州に戻ってきました。
4店舗のジェネラルマネージャーとして、マンハッタンにあるお店を見ていました。
ある日、マンハッタンがロックダウンになりました。(コロナ)
その次の日から従業員を解雇。在庫処分。これを4店舗分行い、自らも辞任しました。
家族とともに、デラウエア州に避難。(米国で独立した最初の州、なんと、消費税ありません。)
そのあとは、妻は、セドナへ。 長男は、ボストン、次男は、デンバー、三男は、ミシガン州と行きました。
私は、セドナにいたり、時には日本に戻り、しばらくシェアハウスの家守をしていました。(日本に帰国したときは、両国のアパホテルで3日間隔離されてました。いい経験でした。)
現在は、セドナでしばらく落ち着いています。
スピリチャルとしての簡単な経歴
小さい時から、その人の顔色や機嫌がわかり、皆が聞こえない音を聞いていて、見えないけれども何かの気配を感じ、そして、食べ物の味は、その人の作るもので味が変わるのだと思っていました。作る人の性格がわかるような感じです。
さて、高校生の時、皿洗いのバイトをしていた時です。いろいろな年齢層の人と仕事を始めることとなりました。いじわるな人もたくさんいました。そんな時、この人いやだな、来なければいいのにといった思いを強く抱きました。
わずかな期間で、3人の人が来なくなりました。一人はサッカーしていて骨をおり、一人はバイクの事故で、最後の一人も骨をおってこれなくなったそうです。今思えば、生霊みたいな念を送っていたのかもしれません。その後は人とのかかわり、争いはなるべく避けるようになりました。
さて、ある日高校を卒業まじかのころ、中学から何をするのも一緒の親友をバイクの事故で亡くしました。虫の知らせを身をもって体験しています。何度もこの日は、バイクには乗るなと警告したのに、、当時は、交通戦争といわれていて、学校の友人、バイトの先輩など事故で亡くしています。(ただ、なんとなく事故がおこる感じはありました。)
大学ももうじき卒業というとき、また親友から連絡が来ます。彼は、足を失ってして入院していました。以前の高校の時の親友の時のように、私がその日は絶対にバイクには乗るなと忠告していたのに、、結局自分は何もできませんでした。自分は、嫌な予感みたいな感覚を恨みました。スピリチャルな感覚は、気がつけば自ら封印して逃げるように米国に行きました。見えるものを見ない、聞こえるものも聞こえないと、そして、私の親友はみな死んでしまうのかという恐怖感とともに、
米国にいってすぐにいいこともありました。今の奥さんと出会います。もうその時一緒になることがわかりました。(百機夜行抄の漫画に出てくる主人公のおじいさんの奥様みたいな存在)
さて、ある日、アナフィラキシーショックで、救急車で運ばれます。(その時、最初に来たのは、消防士さんでそのあとパトカーが来て、みんなで応急処置してくださいました。)その後の請求書のほうがショックでしたが、、、
このアナフィラキシーのあと、アレルギーがあるのか?私の体質に合っているのか?食べるものを見分ける必要が生じてきました。そこで、オーリング筋肉反射テストを行い始め、気が付けばペンジュラムを使ったダウジングを必要に応じて行っていました。
レストランの店舗店長の時、
だれよりも味覚にたけていて鮮度がわかりました。そして、だれよりもお客さんの行動など観察できて、洞察力がありました。必要なことを、先に準備できました。
何百人と面接をしてきました。 日本人ではありません。いろいろな文化をもったいろいろな国の人たちです。私が彼らを見ていたのは、彼らの背景、氣です。そして、その人を判断してきました。彼らが辞めていく時期や、何か不安があることなど事前にわかりました。事前に聞くことによりいろいろ解決していました。
奥さんは、クリスタルが好きです。と、ある日。きれいなものを見つけたらしく、首にぶら下げたり喜んでいました。いつものように、取り上げてこんなもの、なんだお前は?という感じで持った時です。その石は、まるで焼けた石のようになり(焼けた石は持ったことはないですが、)あわてて、手放しました。もう一度持った時は、普通の石になっていました。
その石は、フェナカイトです。
その日から、クリスタルは私の親友となりました。(多分もう二度と失うことのない、、)
その日を境に、いろいろと封印していたと思っていたスピリチャルな感覚が戻ってきたように思います。
子供のころからある感覚と人と付き合う、生きずらい感覚は、HSPというもの、またエンパスという感覚にもよく私は当てはまっています。情報が目に入ってくるのです。これを知った時、私と同じような人がいるのかと救われました。また、そういった人たちと会って話すことも大変楽しいひと時でした。
パワーかフォースか 意識レベル 測定 精神科医デヴィッド・R・ホーキンズ博士の書いた本とも出会います。
自分の意識レベルは、いくつなのか? 実は、ある程度ペンジュラムでわかります。
ホオポノポノ、ウニヒピリとの出会います。ないがしろにしてきた、もう一人の自分。
アカシックレコード。自分の図書館。
ブループリント。自分の決めてきた道。
自分は、輪廻転生?何かの生まれ変わりなのか?
いろいろなものが、自分の前に現れてきました。
自分を、見つめなおすこと。HSPのひとの傾向として、直感は、鋭く行動も早くできるのですが、わきが甘いことなど。
いろいろな、方向で行われています。自分は、チャクラバランスを知ることが一番の近道かもしれないと思います。
いろいろな角度から自分をセドナで見つめているところです。
最後に、
ここまで、読んでくれてありがとうございます。
レストランの経営を引き合いに出してはいけないのかもしれません。しかし、人には得手ふて、適材適所があります。ここを間違えると、レストラン経営はうまくいかないと思います。
自分のマネージャーは、自分です。
自分には、得意なことがあります。しかし、信じられません、自信がありませんでした。一歩踏み込み、(これは、結構キツイ)歩んでいます。